2018年5月7日月曜日

マイ・シューヴァル, ペール・ヴァールー著, 柳沢由実子訳『刑事マルティン・ベック 笑う警官』

角川文庫から新訳版が出たマルティン・ベックシリーズの第一作目だそうで、柳沢由実子による訳者あとがきも杉江松恋による解説も実に親切で、前者は訳者によるしかないあとがきだし後者は確かに解説になっている。また再読案内にもなっていて、最近の文庫のあとがきや解説というもののレベルの高さに舌を巻いた。とりあえず最初にこれを書いておく。

「謎が謎を呼ぶ」というのは陳腐な表現だけれど、停滞し、なかなか進展が見られない捜査の中でしかし少しずつ見つかる小さな糸口に指をこじ入れて真相をほじくり出していくような捜査、その水際立った展開は素晴らしいものがあって、でまたここにある種個人作業のような刑事たちのてんでばらばらに見える動きが、それぞれのキャラクターと相まっておもしろい。

キャラクターの類型化はともすれば退屈で浅はかなドラマ描写につながりがちなのに、この作品ではむしろ安定につながって、遠い異国の、あまり愉快とはいえない状況の刑事たちの奮闘に、何か親近感みたいなものを与えてくれている。ベックは慎重だが決断力に優れていて、友人のコルベリは皮肉屋だけれども愛妻家。メランダーは記憶力抜群で物静かで悪筆で、ラーソンは尊大な毒舌家だが意欲的。ルンはのんびりしているが粘り強く、実はラーソンと仲が良い。なんだか白雪姫の七人の小人みたいな、あだ名がついていそうな刑事たちだ。しかしこの童話のような安定はそこに安逸することではなくて、その安定した視線で事件を捜査するために用いられている。


http://ikazuravosatz.tumblr.com/post/173666155133/木曜の晩コルベリはパランデルガータンの自宅に戻ったすでに十一時過ぎだった妻のグンがフロアランプの


http://ikazuravosatz.tumblr.com/post/173666168908/なにごとも起きないままただ時間が流れていった一日に次の日が重ねられるそれが一週間になりさらにつ



http://ikazuravosatz.tumblr.com/post/173666184758/考えたことがあるかねこの町の人間たちはみんなびくびくしているふつうの善良な市民が道を聞いたり

この都市の中の個人というのは訳者のあとがきが詳しいけれど、とても現代的な視点で、そのままTOKYO論にもなりそうだし(一般的な)現代都市論にもなりそうである。まさに現代を先取りしているが、ところでそういう文明批評ができるのが安定したキャラクターを演ずる市民ということもあるが話がくどくなってきた。

それで、ひとつめの引用はこの作品の中でも特に良い=気の利いた夫婦の会話なのだけれど、この作品には後続作品と比べて食事の場面が少ない。ほとんどないといっていい。酒の場面も。

シューヴァル/ヴァールーはリアリズムの手法で書いた。当時はやりのジェームズ・ボンド的華やかさやスマートさとは正反対の、地道に働く警察官たちを真ん中に据えた。スウェーデンではそれまで警察官の日常から事件捜査を描くアプローチはまったくなかったと言っていい。これがその後の北欧犯罪小説、ひいては世界の犯罪小説の形に大きな影響を与えた(訳者あとがきより)
と訳者は書くのだが、食べ物について後続の骨っぽい探偵小説に影響を与えたのは、同じ時代に書かれたジェイムズ・ボンドを描いたイアン・フレミングである。

小説作法の本はいろいろあるけれど、なかで一風変つてゐるのはイアン・フレミングの『スリラー小説作法』(井上一夫訳・早川書房刊『007号/ベルリン脱出』所収)である。彼は登場人物に何を食べさせるかが大事だ、と力説してゐた。こんなことを強調した小説作法はほかにありません。わたしはひどくびつくりして……それから感心した(丸谷才一「小説作法」『好きな背広』所収).


http://ikazuravosatz.tumblr.com/post/173667039468/ところでフレミングは例のスリラー小説作法のなかでかう書いてゐた-以下一段落孫引き

例えば骨っぽく地道な調査が描かれるマイクル・シアーズ『ブラック・フライデー』でも、こんな食べ物が描かれる。一見対立的に見えるような先祖から、両方の美質を兼ね備えた作品が新たに生まれる。


2018年1月17日水曜日

薬師寺克行『公明党』

公明党という政党は支持する人は支持する、支持しない人は支持しないというタイプの政党だ。どの党もそういう性格はあるが、公明党は特にその性格が強くある。

それはいうまでもなく宗教団体・創価学会という支持母体のせいで、だから「次はどの政党に入れようかな」という人が「今回は公明党に」ということはあまりない。前回公明党を支持した人は次も公明党ということで、存在感を放ってきた。

この本は公明党の誕生から現在までの歴史を、その主張の変遷とともにたどっている。その歴史の中では過去に大事にしてきた理念を棄てたり、方向性を百八十度転換していたりするように見えることも少なからず起きていることがわかる。

その中で、公明党が大事にしている、また大事にしてきたことがわかり、また今も公明党に対して投げかけられる謎の歴史的意味が解明される。例えば、


  • 「どうして東京都議会議員選挙を特に重視するのか」
  • 「安全保障政策はブレているのか」
  • 「共産党との犬猿の仲はどうしてなのか」


といった謎である。

また、「下駄の雪」とも揶揄される連立政権における公明党の「連立における役割」が、世界的に見て特異な形であることも本書で指摘される。

そのように見てくると、一見無節操にも見える公明党の言動が、常に歴史的な宿命を帯びたものに見えてもくるところがおもしろい。一方でそれは同党が歴史的なトラウマにとらわれているように見えるということでもある。

本書は軽減税率への執着あたりで終えているが、この延長線上に小池都知事への接近と離反がある。